古来から王たちは、自分の権力を維持するために「不老不死の薬」を追い求めてきました。
それは現代にいたっても同様で、できうる限り長く健康でいたいと多くの方が願っています。
当然、私もその一員です。
しかし皮肉なことに、ヒトには寿命があります。
2023年現在、正式な記録(出生証明書)が残っているなかで、最も長生きした方はフランスのジャンヌ・カルマンという女性です。
彼女は、1875年から1997年までの122年間生きたとされています。
長寿だと誰しもが感じますが、それでも130歳に満たない歳月で、ヒトは老い死んでいきます。
では、私たちヒトは本当にこの「死の運命」から逃れることはできないのでしょうか?
今回は『寿命と老化の関係・違いーヒトは死ぬ原因は?テロメアが原因?』として、
「なにがヒトの寿命を決めているのか」、つまり「なぜヒトは死ななければならないのか」を解説していきたいと思います。
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寿命と老化の関係・違い|ヒトは死ぬ原因は?テロメアが原因?
「寿命」と「老化」はよく混同されますが、この2つは密接にかかわっている一方で、その意味はまったく異なります。
まずは「寿命」について説明します。
寿命|有性生殖特有の死
「寿命」は「生命の続く長さ」のことで、「最大寿命」は生物種ごとにほぼ決まっています。
「ツルは千年、カメは万年」といわれますが、
鶴の最大寿命は30年程度、亀も種によって異なりますが、有名なウミガメで170年ほどです。
この「最大寿命」は、劇的な進化がもたらされない限りは、大幅に更新されることはないため、
「先天的な(生まれながらの)性質=遺伝情報」だと考えられます。
そのため、「死なない」ためにはこの遺伝情報を書き換える必要性があります。
ここで、博識な方から「江戸時代の寿命は50歳くらいだったんじゃないのか」と指摘されそうなので補足しておきます。
「江戸時代の人は短命」とよくテレビなどで聞くことがあるかもしれませんが、
これは「平均寿命」であり、あくまで大ざっぱに推定した値です。
実際に、徳川家康は75歳、葛飾北斎にいたっては90歳という文献があるそうです。
つまり、ある程度の栄養管理ができていた人物は長生きする傾向にあったのかもしれませんね。
遺伝的に大きな変異がないと仮定すれば、江戸時代も現代と同じく130歳程度が最大寿命だったのではないかと推測されます。
ところで、生物は必ず死ぬのでしょうか?
実は「寿命」という概念は「有性生殖」を行う生物に限った話です。
「有性生殖」とは、「オスとメスの遺伝子を半分ずつ子供が受け継ぐ」繁殖方法のことですね。
この方法では、時間と労力がかかり、
しかもオスとメスが出逢って交配を行わなければならないので非常に効率は悪くなります。
しかし、生まれた子供は両親の遺伝子を半分ずつ受け継ぐので、
「新たな遺伝子の組み合わせをもつ=環境の変化に強くなる」という特性があります。
一方で、1個体だけで子孫を残せる「無性生殖」を行う生物もいます。
大腸菌などは栄養がある限り無限に増殖できるので、もとの1個体が倍々方式で増えていくだけで「死」という概念はありません。
この方法だと数自体は爆発的に増やせるのですが、
子供の遺伝子は親と同じ(=クローン)なので、環境の変化に弱い傾向があります。
そのため、多くの無性生殖を行う生物は、特定の時期だけは有性生殖にシフトしています。
例えば、ゾウリムシの場合は1個体が分裂する通常の無性生殖のほかにも、
2個体が合体して遺伝情報を交換した後で、また2個体に分かれるという奇妙な行動を起こします。
これも広い意味での有性生殖といえるでしょう。
また、一時期「不老不死」として少し話題になったベニクラゲも特殊な生態をしています。
ベニクラゲは通常は有性生殖を行って死んでいくのですが、
環境の悪化や生命活動に不具合が生じるとポリプといわれる初期の状態に若返って一生をやり直すことができます。
実際には、老化するうえ、すべての個体が若返ることわけではないので「不老不死」とは遠い存在です。
こちらもポリプの頃には無性生殖を行います。
…だいぶ話が脱線してしまいました。
もとの路線に戻しましょう。
「最大寿命は生物種ごとに決まっている」ということでした。
では、この「最大寿命」はなにによってもたらされるのか?
それが「老化」です。
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老化と寿命の関係・違い
「老化」とは「体の機能が衰える現象」です。
「最大寿命」が先天的に決めらた期間であったのに対し、
「老化」は後天的な(生まれた後の)環境要因の影響も受ける現象です。
そして、この「老化」によって「寿命」が定められるので混同しやすいのですね。
「老化」が原因、「寿命」が結果という関係です。
ヒトの老化の場合には、脳の萎縮や動脈硬化、視力の低下などさまざまな種類があります。
では、この老化はなにによってもたらされ、寿命とどう関係があるのでしょうか。
ヒトが死ぬ理由|1、細胞の老化(異常の蓄積)とテロメア
1、異常の蓄積
「老化が死をもたらす原因」として、細胞の老化(=遺伝子の異常蓄積)が考えられます。
以前の記事の『がん細胞ーなぜがんを防げない?』で説明した「がんを防げない理由」と同じですね。
DNAを複製する時や強い放射線をあびた時など、極めて低確率で遺伝子は変異しています。
これらの変異は若うちはきちんと修復酵素が働き、変異の修復にあたるのですが、
歳をとるにつれ次第に修復の正確さが低下していきます。
つまり、老化とともに「変異が蓄積した遺伝子」が増えていき、
その誤った遺伝子情報によって一部の組織が正常な機能を保てなくなります。
こうして、「老化」が「寿命」へと繋がるのわけです。
「がん細胞」が誕生するプロセスに近い現象で、ヒトはがん以外でも死へと近づいているのです。
逆に考えれば、この「エラーの蓄積」を完全に修復する酵素さえ発見できれば、少なくとも「細胞の老化」は防げそうです。
その酵素をコードする遺伝子を人に挿入(組み換え)さえすれば、理論上は「最大寿命」が伸びる可能性があります。
現代の倫理観では、到底認めてもらえそうにありませんが…。
ヒトが死ぬ理由|2、テロメア
2、テロメア
次は「テロメア」がもたらす「細胞の老化」について説明します。
最近ではこの「テロメア」という言葉が、一般の方にもたまに通用するようになってうれしい限りです。
私の大好きな「新世界より」という小説のご婦人も「テロメア」を修復することで不死の存在となっていました。
この小説に関しては、遺伝学的に思うことが多々あるのですが、、、、また別の機会にしておきます。
「テロメア」とは、「染色体の末端にある構造」でDNAを完全に複製させるために必要な余白の存在です。
「テロメア」がないと、DNAがコピーされるたびに端から順番に遺伝情報が抜け落ちていってしまいます。
他にも染色体の末端を保護する役割や細胞が染色体の末端だと識別しやすくする役割などもあり、
構造としては6つの塩基(TTAGGG)配列が~2,000回ほど繰り返されています。
この「テロメア」はDNAが複製されるたびに約20塩基程度短くなっていき、体細胞の場合は復元されることはありません。
「なぜテロメアが短くなるのか」という疑問に関しては、
『遺伝学のカテゴリー』で詳しく話そうと思うのですが、簡単に言えば、
「DNAの複製の開始地点として使われ、テロメアを復元させる酵素が抑制されているから」です。
…言葉足らずでしょうか。
具体的に説明するには「DNAの複製過程」を避けては通れないので、なかなか短くまとめられず断念しました<(_ _)>
抽象的ですが、もう少しだけ詳しく説明します。
まずDNAを複製するときに、そのコピーを少しずつ分割して行う過程があります(ラギング鎖の岡崎フラグメント)。
分割してコピーする時には、そのスタート地点が必要(RNAポリメラーゼ)なのですが、スタート地点になった場所だけはコピーできません。
そうすると、一番最後の末端部分だけはその「スタート地点」が置かれているせいでコピーできなくなりますよね。
もしコピーできないままだとDNAの情報が少なくなってしまうので、末端にはDNAとは関係ない適当なものを置こう!
そして置かれたのが「テロメア」ということになります。
つまり、「スタート地点」の場所を確保するために設けられたのが「テロメア」です。
…結局、長くなってしまいました。
整理すると、「DNAが複製されるたびにテロメアは短くなる」ということが言えます。
テロメアが半分ほどまで短くなると、DNAはほとんど複製することをやめ、細胞は老化の一途をたどります。
これが「テロメアがもたらす細胞の老化」、つまり「死」です。
始めに「老化は後天的な影響も受ける」と説明しましたが、紫外線や有害物質などを除けば、
「老化」は「先天的な遺伝情報に組み込まれた死へのプログラム」だと言い換えられます。
そのため、ヒトは死ぬべくして生まれてきたということがはっきりとわかりますね。
最後に「がん細胞」が「なぜ老化せずに無限に増殖できるのか」について説明しておきます。
もう本当に簡単に説明します。
がん細胞の場合では、短くなったテロメアを伸ばす「テロメラーゼ」という酵素が強く働くためです。
以上、『寿命と老化の関係・違いーヒトは死ぬ原因は?テロメアが原因?』でした!
最後までお読みいただき、ありがとうございました<(_ _)>
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「寿命と老化の関係・違い|ヒトは死ぬ原因は?テロメアが原因?」まとめ
1、寿命と老化
寿命:生命の続く長さのこと
最大寿命:生物種ごとにほぼ決まっている
最大寿命は先天的な遺伝情報に基づく
老化:体の機能が衰える現象
2、ヒトが死ぬ理由とテロメア
特に「細胞の老化」には2種類あり、細胞が老化することで寿命の限界(最大寿命)が決まる
(ⅰ)遺伝子における異常の蓄積に起因する生体機能の低下
(ⅱ)テロメアによる細胞分裂の限界