今回は「iPS細胞」2章立ての後半です。
前回は『iPS細胞をわかりやすく!』と題して
1、iPS細胞とは何か?
2、iPS細胞の作り方
まで説明しました。
今回は『iPS細胞の【問題点】と【実用化】』として、より身近な話題である
1、iPS細胞の【問題点】
2、2017年現在でどれだけ【実用化】されているのか
の2つをご紹介します。
前回とは少し違って、中学生に説明することを意識した「わかりやすさ」の基準になっています。
そのため、より簡単に理解したい方は、最後の「まとめ」か後半の「iPS細胞の研究成果と実用化」からお読みください<(_ _)>
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『iPS細胞の問題点』ーES細胞との違いは?成功事例は?実用化はいつ?
ES細胞とは?-「iPS細胞とES細胞の違い」
「iPS細胞の問題点」を述べる前に、まず「ES細胞(胚性幹細胞)」について説明させてください。
「iPS細胞のことだけ知りたい」という方は次の項目へお進みください、申し訳ないです<(_ _)>
なぜ「ES細胞」を説明するのかというと
「ES細胞」は「iPS細胞」と極めて似た特徴をもつ「幹細胞」だから
です。
【幹細胞】などの用語がわからない方は、前回の『iPS細胞をわかりやすく!』からお読みください<(_ _)>
「ES細胞はもう古い」とお考えの方が多いようですが、決して「ES細胞」が性能的に大きく劣っているわけではありません。
「iPS細胞」にしかできないことがあるように、「ES細胞」にしかできないこともまたあります。
「iPS細胞」の特徴=利点を明らかにするためにも、さっそく「ES細胞」を説明しましょう。
「ES細胞」は、日本語に訳すと
胚性幹細胞
といいます。
「幹細胞」はiPS細胞の時にもでできましたが、「胚性」は初めてですね。
「胚性」とは、字のごとく
胚の
という意味です。
「胚」とは、
受精卵が6、7回増えた(分裂した)ときの細胞のことで、胎児になる少し前
に当たります。
前回「受精卵は全能性」と説明しましたが、この「胚」は胎盤以外であれば何にでもなれる「多能性」をもっています。
「胚」の細胞さえあればよいので、iPS細胞で必須だった初期化の過程は必要なくなります。
ただし、問題はどうやって「胚」を用意するか…です。
「胚」を生み出す方法自体は単純です。
不妊治療に詳しい方であればよくご存じだと思いますが、体外受精するときには、
排卵を誘導して10個程度の卵子をあらかじめ用意しておきます。
その中から、試験管内で受精を行って成功した卵子は子宮に戻されます。
このとき、妊娠にも成功すると、残りの受精卵は「処分」されます。
…感の良い方はお気づきかもしれません。
「ES細胞」では、その使われなかった受精卵(正確には少し分裂した初期胚です)を使います。
つまり、そのまま子宮に戻せば、子供になる可能性のある存在をバラバラに分解して使用するのです。
このため、【倫理的な問題】がどうしても生じます。
加えて、もう一つの問題は【拒絶反応】です。
「ES細胞」も 人間の子供と同様に固有のDNAをもっています。
そのため、「ES細胞」から手足や心臓などをつくって移植しても、「体の免疫機能」が働いて「拒絶反応」を示します。
つまり体は「変なやつ(=移植細胞)が体に入ってきた」と判断して、その「変なやつ」を攻撃してしまうのですね。
ただし、こちらの「拒絶反応」は「HLA(組織適合性抗原)」と呼ばれる免疫のタイプが近ければ、拒絶反応は抑えられます。
よって「ES細胞」の最大で、かつ避けることのできない問題は「倫理的な問題」となりますね。
一方「iPS細胞」はどうでしょう?
「iPS細胞」では、本人の細胞を初期化して、「ES細胞」と同じような多能性をもつ幹細胞を作り出しています。
自分の細胞を使うので、正確に初期化さえできればDNAは完全に一致することになり、「拒絶反応」が起こる可能性はほぼありません。
次に「倫理的問題」ですが、iPS細胞は成長した細胞を使っているだけなので、倫理面でも問題ありません。
しかし「iPS細胞」から精子や卵子を作るといったマウスの実験も2011年から実施されていて、
同性間での子供やクローンの作製が可能だという問題は未だ残ります。
ただし一部の例外を除けば、「ES細胞」の問題点は「iPS細胞」には見受けられないと言えますね。
では、最初に述べた「ES細胞にできてiPS細胞にできないこと」なんてあるのでしょうか?
それは「iPS細胞が初期化する過程でもつ特徴=問題点」に基づきます。
これでやっと「iPS細胞の問題点」にたどり着きましたね。
それではさっそくみていきましょう。
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iPS細胞の問題点
iPS細胞の問題点は大きく分ければ2種類あります。
① がんになるリスク
② 分化させる方法が確定されていない
iPS細胞の問題点 ① がんになるリスク
2023年現在では、かなり「がん化」のリスクは低減しましたが、今なお残る問題の一つです。
がんになる原因は大きく2つあります。
(ⅰ)実験中に遺伝子が損傷することで変異が生じるため
以前の記事の『がん細胞ー 突然変異とアポトーシスが原因?』にて詳しく説明しているのですが、がんになる原因は、
がんに関連する遺伝子に変異(本来の機能とは異なる情報をもつこと)が生じて、細胞が無限かつ無秩序に増殖することです。
「iPS細胞」の作成方法はまだ確立されたわけではないので、手法的・技術的な問題で遺伝子が変異し、「iPS細胞」自体が「がん化」する可能性があります。
(ⅱ)細胞の分化がうまくいかないため
分化がうまくいかない、つまり、まだ多能性をもった幹細胞が組み込まれることで、異常な増殖を示す場合や、テラトーマといわれる腫瘍になる可能性があります。
2013年から分化に関する興味深い論文は発表されていますが、分化を確立させる手法は見つかっていません。
以上の2点は現在でも解決されていない課題です。
しかし、2006年の頃に比べて大幅に改良された点もあります。
以前は主要な「がん化の原因」とされていた2つだけ紹介しましょう。
(ⅲ)レトロウイルスベクターを使っていたこと
(ⅳ)がんの原因遺伝子を初期化遺伝子に使っていたこと
これら2つの問題は一応解決しています。
まず、(ⅲ)については、当初はレトロウイルスという特殊な特徴をもったウイルスに初期化遺伝子を運ばせていました。
この方法だと、人間の遺伝子のどこにウイルスの遺伝子が入るかわからないので、もともと遺伝子の情報が損なわれてしまう可能性があります。
その「損なわれた情報」が、がんの原因となる遺伝子だった場合には、細胞が「がん化」するリスクがありました。
ただし、現在ではレトロウイルスを使わない初期化方法が多数考案されているので、大きな問題はもうありません。
もし「レトロウイルス」について詳しく知りたい方がおられれば、『ウイルスー レトロウイルスは感染する?』を読んでいただけると助かります。
※ 画像はEssential細胞生物学より転載
次は(ⅳ)の「がんの原因遺伝子を初期化遺伝子に使っていたこと」についてです。
4つの初期化遺伝子のなかの「c-Myc(シーミック)」という遺伝子はがんの原因遺伝子として有名です。
実は c-Mycを除いた3つの遺伝子だけでも細胞を初期化できるうえに、2010年以降の論文から他の遺伝子でも代用できることが分かっています。
よって、この点も解決済みといえますね。
次の問題点に進みます。
iPS細胞の問題点 ② 分化させる方法が確定されていない
前回の記事で「単純な細胞(神経や血球など)は作ることができる」と説明しましたが、
現在でも多くの細胞の作り方はもちろん、安定して分化させる手法もわかっていないケースが多くあります。
しかし、これらはまだ研究段階なので時間が解決してくれる可能性が高いと考えられます。
最も問題となるのは、正常に動く大人の臓器を作製するのは現代の科学技術では極めて困難だということです。
実はマウスを使った研究では、2012-3年に肝臓のもとになる細胞を移植して、正常に作動したという研究・論文はあるのですが、
大人のように完成された臓器では話が大きく変わってきます。
例えば、心臓を1つ作ろうとすれば、まず数十種類の細胞を用意し、
それらが互いに協力し合って「心臓」という1つの機能を果たさなければなりません。
しかし、細胞がどう連携しているのか、立体的にどのように支えあっているのか、イレギュラーにどう対処しているのか…、
など理屈としての概要はある程度わかるのですが、実際に大人の完成品を作り上げるとなるとほとんどお手上げなのが現実です。
この点に関してだけは、生理学や医学、物理学など多方面の飛躍的な進展が必要となり、時間がかかると考えられます。
ただし、最初に述べたように、「小さい臓器」をつくり稼働させることは可能なので、新生児の移植は10年ほどで実用化される可能性は十分にありえる…と私は考えています。
以上、簡単にですが「iPS細胞」の大きな問題点を2つ紹介しました。
iPS細胞は、期待される存在である一方、10年たった今でも課題は山積みなのが現状です。
今後の発展をいっそう期待したいですね。
最後に「iPS細胞の研究成果と成功事例」です。
ここから先は多くの方が読まれると期待して、簡潔にご紹介します。
iPS細胞の研究成果と成功事例
一覧表にてご説明します。
下記以外にも重大な発見は多数あるのですが、今回はとりわけ重要で印象深かった論文、実験を取り上げています。
また、「年数」に関しては学会での発表と論文の発表が前後している可能性があることをあらかじめご了承ください。
・ 2006年、「マウスのiPS細胞」の作製に成功
・ 2007年、「ヒトのiPS細胞」を作ることに成功
・ 2007年、iPS細胞の初期化にがんの原因遺伝子(c-Myc)が必須ではないことがわかる
・ 2008年、レトロウイルスを用いない方法で細胞の初期化に成功(プラスミドを使用)
・ 2010年、初期化遺伝子のより効率的な組み合わせを発見
・ 2010年、「マウスの小腸」の作製に成功
・ 2011年、「小血板」の大量作製に成功
・ 2011年、「マウスの生殖細胞(精子や卵子)」の作製、さらにその細胞を使った「個体」の作製に成功
(人間の生殖細胞を使った授精は2016年現在でも禁止されている)
・ 2012年、iPS細胞を使った「新薬の開発」が本格的に始まる
・ 2012年、山中教授が「ノーベル生理学・医学賞」を受賞
・ 2012-3年、「肝臓」に相当する肝芽(かんが:初期の小さな肝臓)の作製に成功
・ 2013年、サルを使った、iPS細胞で作られた「神経細胞の脳内移植」に成功
・ 2013年、「人間への臨床研究」を厚生労働省が許可
・ 2013年、人間への実践的な種々の臨床試験が開始
・ 2014年、iPS細胞を使った「人間の網膜の移植手術」を実施(2016年3月の学会にて、症状が良好であることが報告されている)
・ 2017年、脊椎損傷患者への移植計画
・ 2017-9年、角膜の移植手術
・ 2019年、iPS細胞から作った臓器の人間への移植計画(予定)
現在までのところ、人間への臨床試験はごくわずかですが、2016年度中には「心筋」や「角膜」などの臨床試験が申請される見込みです。
「臨床試験」に関してはこの10年間で多数実施され、かつ成果も上がるはずです。
同時に、安全面・倫理面での問題があらわになってくるはずなので、今後も大きな動向がみられた際には記事を追加していきますね。
以上、「iPS細胞の問題点ー ES細胞との違いは?成功事例は?実用化はいつ?」でした!
いったん、ここで「iPS細胞」の説明は一区切りつけようと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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「iPS細胞の問題点ー ES細胞との違いは?成功事例は?実用化はいつ?」まとめ
ES細胞とは?- 「iPS細胞とES細胞の違い」
・ ES細胞は、日本語に訳すと「胚性幹細胞」
・ 胚とは、受精卵が6、7回増えた(分裂した)ときの細胞のことで、胎児になる少し前の細胞
・ 胚は、胎盤以外であれば何にでもなれる「多能性」をもっているので、iPS細胞とよく似ている
・ ただし、ES細胞には 倫理的問題と拒絶反応の問題がある
・ 一方、iPS細胞では、ES細胞ほどにはその2点は問題にならず、このことがiPS細胞の大きなメリットである
iPS細胞の問題点・課題
① がんになるリスク
(ⅰ)実験中に遺伝子が損傷することで変異が生じるため
がんに関連する遺伝子に変異が生じ、細胞が無限かつ無秩序に増殖することに起因する
(ⅱ)細胞の分化がうまくいかないため
未分化の細胞が組み込まれることで、異常な増殖を示す場合や、テラトーマといわれる腫瘍になる可能性がある
② 分化させる方法が確定されていない
正常に動く完成された臓器を作製するのは現在でも困難
マウスのように小さな臓器を埋め込むケースでは成功があるため、新生児への移植は可能かもしれない
iPS細胞の研究成果と成功事例
・ 2006年、「マウスのiPS細胞」の作製に成功
・ 2007年、「ヒトのiPS細胞」を作ることに成功
・ 2010年、「マウスの小腸」の作製に成功
・ 2011年、「小血板」の大量作製に成功
・ 2011年、「マウスの生殖細胞(精子や卵子)」の作製、さらにその細胞を使った「個体」の作製に成功
(人間の生殖細胞を使った授精は2016年現在でも禁止されている)
・ 2012年、iPS細胞を使った「新薬の開発」が本格的に始まる
・ 2012-3年、「肝臓」に相当する肝芽(かんが:初期の小さな肝臓)の作製に成功
・ 2013年、人間への実践的な種々の臨床試験が開始
・ 2014年、iPS細胞を使った「人間の網膜の移植手術」を実施(2016年3月の学会にて、症状が良好であることが報告されている)
2016年以降には、角膜や各種臓器といった臨床試験が多数計画されている。