遺伝学

環境要因がもたらす遺伝子発現情報へのノイズ(応用編2)

投稿日:2016年3月27日 更新日:

 

「遺伝情報と環境情報の統合解析」の第2章です。

今回はタイトルの通り「環境要因がもたらす遺伝子発現情報へのノイズ」をご紹介します。

 

発現量を扱うメリットの1つに、測定時の体調や気候などを反映することが挙げられますが、

同時に、解析に際してそれらがノイズとなる場合があります

 

適切な補正を行わなければ、予測正確度の低下、あるいは過剰適合をもたらす可能性があります。

今回は、環境ノイズとして「気温」「性」を取り上げます

説明すべきことはたくさんあるのですが、書く時間と気力がもちそうにないので今回は2本の論文でご容赦ください。

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環境要因(気温・雌雄)がもたらす遺伝子発現情報へのノイズ

環境要因がもたらす遺伝子発現情報へのノイズ-「1、気温」

 

気温がもたらす遺伝子発現量の変動の検討するために、

異なる温度で飼育された C. elegans の発現量を比較した論文(Liら、2006)をご紹介します。

 

<材料>

16℃および24℃でそれぞれ飼育した C. elegans (線虫の一種)80個体の2,0490遺伝子の発現情報

※ C. elegans : 多細胞生物であり、一個体が産卵する子孫は 300 匹弱。よって、遺伝的な背景を均一にすることに役立ちます

<手法>

① 因子をマーカー遺伝子型とする分散分析を行い、eQTLを特定

② eQTLが対象プローブの2Mb以内にある場合を cis-eQTL、それより遠い場合を trans- eQTLと分類

③ eQTLを温度間で比較し、どちらか一方でのみ効果をもつ(温度によってeQTL効果が変動する)eQTLを pQTL (plasticity QTL)と定義

④ pQTLと温度の影響を受けないeQTL数を比較

<pQTLについて>

発現量1

A 温度による発現変化 ⇒ 分散分析の因子が遺伝子型であるため、eQTLにならない

B 遺伝子型による発現変化 ⇒ eQTL

C pQTLによる発現変化 ⇒ pQTL

<結果>

発現量2

※ cis-geneがcis-eQTL、trans-geneがtrans-eQTLに相当します

結果は、cis-eQTLでは全eQTLの7%がpQTLで、trans-eQTLでは全eQTLの59%がpQTLとなりました。

よって、eSNPとeProbe間の距離が大きい場合(trans-eQTL)には、

温度によって発現量が大幅に変化する可能性があります(温度によるノイズ)

ただし、 C. elegans は比較的温度変化に過敏であることが知られており、種特異的な反応かもしれません。

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環境要因がもたらす遺伝子発現情報へのノイズ-「2、性・雌雄」

 

性がもたらす遺伝子発現量の変動を検討したBhasinら(2008)の論文を取り上げます。

この論文では、マウスの雌雄間でeQTLを比較しています。

<材料>

AKR/JおよびDBA/2A系統に由来するF2マウス 207(雄 114、雌93)個体の骨髄の21,798の遺伝子発現情報

<手法>

① LOD scoreによりeQTLを特定

※LOD score:連鎖が無いとした時(組み換え頻度50%)の確率に対する連鎖があるとした時の確率の比を常用対数で示したスコア

LOD>3.0(p=0.001の誤差)で有意

対象プローブと強く連鎖していればeQTL

② eQTLと対象プローブの距離が20Mb以内であれば cis- eQTL、

それより遠い場合を trans- eQTL と分類

③ 雌雄間でeQTLを比較

<結果>

雌雄間でのeQTL共通割合

発現量3

やはり、Tableが見えづらいですね…。

結果としては、cis-eQTLについては、雌雄間で80%以上共通してます。

その一方、trans-eQTLは、LOD3.0では4.6%、LOD4.3ではわずか0.8%しか雌雄間で共通していません

つまり、trans-eQTLの場合は大部分が性特異的だと考えられます。

よって、少なくともtrans-eQTLは性による補正が必須である可能性が高いと考えられます。

 

以上2本の論文をまとめると、

cis-eQTLは環境要因の影響をあまり受けていなかった一方で、trans-eQTLの大部分が環境要因の影響を強く受けていた

ということになります。

よって、もしtrans-eQTLの効果がcis-eQTLよりはるかに大きい場合には、

補正を実施していない発現量はノイズだらけということになりそうですね。

 

以上、「環境要因(気温・雌雄)がもたらす遺伝子発現情報へのノイズ」でした!

次章では「遺伝子発現量の効果分布と主成分分析によるノイズ補正(減少)方法」をご紹介します。

 

引用文献

Li Y, Alvarez OA, Gutteling EW, Tijsterman M, Fu J, Riksen JA, Hazendonk E, Prins P, Plasterk RH, Jansen RC, Breitling R, Kammenga JE: Mapping Determinants of Gene Expression Plasticity by Genetical Genomics in C. elegans. PLoS Genet. 2006, 2: e222.

Bhasin JM, Chakrabarti E, Peng DQ, Kulkarni A, Chen X, Smith JD: Sex specific gene regulation and expression QTLs in mouse macrophages from a strain intercross. PLoS One. 2008, 3: e1435.

 

「環境要因(気温・雌雄)がもたらす遺伝子発現情報へのノイズ」まとめ

環境ノイズ-1、気温

・ cis-eQTLでは全eQTLの7%がpQTL

・ trans-eQTLでは全eQTLの59%がpQTL

⇒ eSNPとeProbe間の距離が大きい場合には、温度によって発現量が大幅に変化する可能性

環境ノイズ-2、性・雌雄

・ cis-eQTLは、雌雄間で80%以上共通

・ trans-eQTLは、LOD3.0では4.6%、LOD4.3ではわずか0.8%しか雌雄間で共通していない

⇒ trans-eQTLの場合は大部分が性特異的である可能性

小括

・ cis-eQTLは環境要因の影響をあまり受けていなかった

・ 一方、trans-eQTLの大部分が環境要因の影響を強く受けていた

⇒ 仮にtrans-eQTL数およびその効果がcis-eQTLのそれらに匹敵するのならば、
発現量自体がノイズとしての環境要因の影響を強く受けていることになる

⇒ cis-eQTLとtrans-eQTLの分布および効果を比較する必要性

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