「インフルエンザウイルス」や「エイズ」といった病気はみなさんご存じだと思います。
「ウイルス」と聞くと「病原体」のイメージをもたれると思いますが、それはウイルスが「細胞に感染して繁殖する」性質をもっているためです。
その一方で、ウイルスの中にはヒトや家畜に害をなさない種も多く存在すると考えられています。
「考えられている」という曖昧な表現にとどめたのは、現在4,000種以上確認されているウイルスのなかで
主に研究されているのは、ヒトや家畜に極めて有害な種に限定されているためです。
今回は『ウイルスー動く遺伝情報?レトロウイルスは感染する?』として、
「ウイルスとは何か」から始め、その種類と起源について解説していきたいと思います。
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ウイルス|動く遺伝情報?レトロウイルスは感染する?
ウイルスとは生命なのか否か…。
以前に書いた『生命とは?-定義とその例外』では、ウイルスを「非生命」と紹介しました。
2017年現在では、その考えが一般的なのですが、今後ウイルスの研究が進めば見解は異なってくるかもしれません。
始めに「ウイルスの正体」を明らかにし、その生態と種類をひも解いていきましょう。
その過程で、ウイルスが非生命とみなされる論拠がみえてきます。
ウイルスの正体|遺伝情報とウイルスの遺伝子
ウイルスは「動く遺伝情報」です。
この世界で唯一、「細胞から離れて移動し、繁殖することができる存在」です。
生命のほとんどは、最低でも細胞を1つはもっており、その細胞には代謝というエネルギーを生み出す機能が備わっています。
さらに、細胞内にはDNAという遺伝情報が含まれていて、細胞自体が分裂して増殖することが可能です。
一方、ウイルスには、必要な代謝を行う能力(ATP合成能力)も、
自ら分裂して増殖する能力(DNA、RNA複製能力)、タンパク質を合成する能力もありません。
そこで、他の生物に寄生して、繁殖するのに必要な能力を借りているわけです。
ウイルスには多くの種類がいるのですが、最も単純な構造をしたウイルスは、
2、3個の遺伝子とタンパクの外皮からできています。
有名な「インフルエンザウイルス」でも8個しか遺伝子をもっていません。
遺伝子数が種の複雑さを決めるわけではないのですが、ヒトの場合では遺伝子は2万以上あります。
ともかく、ウイルスの構造は信じられなくらい単純です。
ウイルスの遺伝情報は必ずしもDNAというわけではなく、DNAより不安定なRNAという分子が使われることもあります。
この「遺伝情報をRNAだけが担う」というのは、世界広しといえどもウイルスだけです。
大きいウイルスになるともう少し構造は複雑になって、
数百個のDNAと数種類のタンパク質からなる殻で包まれた構造をします。
「複雑」といってもせいぜいこのラインまでで、とても単体では繁殖することはできません。
そのため、他の生物に寄生する必要があるわけですね。
少しまとめると
「ウイルスは動く遺伝情報に過ぎず、極めて単純な構造をしている。
そのため、十分な代謝能力、増殖能力がないため、他の生物に寄生し繁殖する必要がある。」
となります。
以前「生命の定義」で紹介した「3、代謝による生命維持機能を有する」にウイルスは該当していないため、
「非生命」とみなされる要因の1つとなっています。
次に、「感染」という驚異の能力を持ったウイルスの生態に迫っていきます。
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ウイルスの生態|感染とレトロウイルス
ウイルスの繁殖はほとんどの場合、他の生物の細胞への感染を通して行われます。
この場合、ウイルスは感染した細胞(宿主細胞)のなかで増殖を繰り返し、やがて宿主細胞を壊します(溶解)。
そして、溶解した宿主細胞から放たれる増殖したウイルスが、
周りの細胞にも感染することで、ウイルスはその数を爆発的に増やします。
現在までのところ、ウイルスのなかに「自己複製に必要なATP(エネルギー源)」を合成する能力をもった存在は確認されておらず、
最大の種類でも多くの生合成を宿主細胞に依存していると考えられています。
さらに、ウイルスの中にはより驚くべき特性をもった種が存在しています。
それは、みなさんもご存じの「エイズウイルス(HIV)」が属する「レトロウイルス」というRNAウイルスです。
この種のウイルスは、自分のDNAを宿主のDNAに組み込みます。
つまり、自分が繁殖しやすいように宿主のDNAに細工をするわけです。
まずレトロウイルスが宿主細胞に寄生すると、自分のRNAをもとに1本のDNAを合成します。
通常、DNAからRNAが作られる(転写)のですが、
レトロウイルスは「逆転写酵素」を使って転写の逆、つまりRNAからDNAを合成することができます。
自らのDNAを生み出すと、「DNAとRNAのハイブリッド2重らせん」ができます。
続いて、RNAは消え去り、再び合成されたDNAから「二重らせんのDNA」が生み出されます。
これは我々ヒトがもっているDNAの構造と同一です。
このウイルスのDNAが宿主のDNAにランダムに組み込まれることで、
知らず知らずのうちにウイルスを繁栄させるための情報が宿主に埋め込まれます。
そして本当に恐ろしいのは、この段階ではウイルスは休止状態に入り、その存在を隠していることです。
宿主細胞には特に異常が生じないので、通常通り細胞分裂を繰り返します。
その結果、ウイルスのDNAが組み込まれた細胞がどんどん増えていき、
ウイルスが覚醒するころにはその増殖を止める手段がなくなってしまします。
そのためレトロウイルスの1種である「エイズウイルス」は、
数年という長い潜伏期間を経たのち発症し、ウイルスを完全に取り除く手法は確立されていません。
しかし、理論上はレトロウイルスであっても治療することは可能です。
特にヒトの場合、レトロウイルスが使う「逆転写酵素」はまったく不要なものです。
この「逆転写酵素」自体を阻害する、あるいは、T細胞などの免疫システムを遺伝的に改良するという治療法が考えられます。
こういった分子生物学の分野はアメリカが進んでいるのですが、
去年出版された「Molecular Therapy」という雑誌にキメラ抗原による治療法や種々のワクチン療法が掲載されていました。
また話が長くなってしまいそうなので、エイズの治療法に関しては、また別の枠を取って紹介いたしますね。
以上、『ウイルスー動く遺伝情報?レトロウイルスは感染する?』でした!
最後に、これまで説明してきたウイルス特有の特徴を整理し、結びとさせていただきます。
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ウイルス特有の4つの特徴
これまで説明してきたウイルスには、ウイルス特有の特徴が4つあります。
・ 代謝能力をもたない
・ 自己複製能力をもたない
・ タンパク質合成能力をもたない
・ 遺伝情報としてRNAだけをもつ種が存在する
※ 画像はEssential細胞生物学より転載
最後までお読みいただき、ありがとうございました<(_ _)>
【ウイルス】~ ウイルスは動く遺伝情報?/レトロウイルスは感染する?~まとめ
1、ウイルスとは?ー「遺伝情報とウイルスの遺伝子」
・ ウイルスは、「動く遺伝情報」であり、極めて単純な構造をしている
・ 十分な代謝能力、増殖能力がないため、他の生物に寄生し繁殖する必要がある
2、ウイルスの生態
・ ほとんどウイルスは、他の生物の細胞への感染し繁殖する
・ 感染された宿主細胞はやがて死滅する(溶解)
・ 宿主細胞から放たれたウイルスが、周囲の細胞にも感染することで、ウイルスはその数を爆発的に増やす
3、レトロウイルス
・ RNAウイルスの1種
・ 逆転写酵素により自己のRNAからDNAを合成し、宿主細胞のDNAに組み込ませる能力をもつ
・ エイズウイルス(HIV)などの一部のレトロウイルスは、休止状態をとることができ、潜伏中は細胞の自己増殖を待っている
4、ウイルス特有の4つ+αの特徴
・ 細胞の構造をもたない
・ 遺伝情報としてDNAあるいはRNAをもつ
単体では
・ 代謝能力をもたない
・ 自己複製能力をもたない
・ タンパク質合成能力をもたない